子どもたちの幸せをつくる
椅子のアイデアは、あるとき「降ってきた」感覚です。それまで長年、ある企業の研究所に勤めていました。研究所時代には、家具やインテリアの製造や販売に関わったことはありませんでしたが、2020年の末頃、この椅子のアイデアがふっと湧きました。さっそくCADで設計し、試作してみたところ、座るだけで自然と心身が調って、姿勢もよくなる椅子ができました。
この椅子は座面が平坦ではなく、楕円の弧を描いています。そこで、Oval chair harmony®(オーバル・チェア・ハーモニー)と名づけました(オーバルは楕円のこと)。
この椅子ができたとき、自分たちのような大人が使うこともできるけれど、なにより子どもたちへの贈り物にしたいと心から思いました。椅子によって子どもたちの健康や幸せをつくり、そのことで日本の未来に貢献すること。それが自分の使命だと信じるようになったのです。ちょうど孫が生まれたタイミングでしたし、導かれた感じがしますが、自分でも驚くほどの変化でした(笑)。
自然と仙骨が立ち、日本の杉を使い、手仕事で組み立てることで、くつろぎやリラックスが日常の中に生まれます。この椅子と生活することで自然と健康になっていくのです。
ただ座ると「ほっとする」「気分がよい」「心地よい」……そのようにこの椅子がみなさまの日常にともにあることを望んでいます。
経世済民の考え方
今は日本でも世界でも「経済」の話が中心になっています。たとえば、「経済安全保障」は国家のかなめにもなっています。この「経済」は資本主義の中でどうお金を稼ぎ、回すかということを指しています。しかし、もともと「経済」という言葉の語源は「経世済民(けいせいさいみん)」です。これは中国の古典に登場する言葉で、「世の中を治め、民を救うこと」を意味します。つまり、政治や行政もお金の循環も考え合わせた上で、国民がみんな幸せになるように努めることを「経世済民」、略して「経済」と言ってきました。
今の世の中にも「経世済民」としての経済活動がもっとあるとよいと思います。
Oval chair harmony®を開発・販売し始めた時に考えたのはこのことでした。この椅子をできるかぎり安く生産して赤字にならないように経営し、この椅子を必要とする人や子どもたちに届けていく、これなら経世済民と言えるだろうと思いました。実際、この椅子は一般的な家具の値づけから言えば、かなり安く売っています。
さきほどお話しした通り、伝統的な林業で生まれた貴重な杉を使い、職人が手作業で組み立てているので、時間や手間がかかっています。でも、高級家具のような価格にはしていません。それができるのは、工場で空いた時間に作っているからです。
また、この椅子では知的財産権を活用することで、自然環境を守り、特に美意識に基づく日本古来の伝統産業を守るという試みもしています。ある企業の研究所に勤めていた時代に「知的財産権」(特許、商標、デザイン)の取り扱いを心得ていました。そのため、知的財産権を自分たちの企業が利益を得続けるため(=独占のため)に使うのではなく、自然保護や社会貢献のために使えると知っていました。たとえば、この椅子とよく似た製品を、日本古来の杉を使わず、日本の伝統技術も使わずに大量生産する会社が出てくることを防げます。
つまり、知的財産権を活用することが、日本の伝統的な林業や手仕事/匠(たくみ)の技の保護と継承につながるのです。
中小企業のスキマ時間を利用したビジネスモデル
日本の企業の99%は中小企業です。そして、中小企業が工場を持っている場合、ふつう稼働率は100%にはなりません。機械や人手はあっても、動かしていない時間ができるものです。でも、給料は月額で払われていることが多い。だから、「稼働の合間の時間、スキマ時間を活用しよう」という発想でこの椅子を作り始めました。
社員たちは、幸い合間の時間に手仕事をすることを歓迎してくれました。工場ではふだん製造過程のほとんどを機械にまかせており、社員たちの仕事はコンピュータ制御です。その点、手仕事で椅子を組み立てるのは新鮮だったようです。社員たちは活きた素材である杉に触れて、木ごとの個性と対話しながら、この椅子を手作業で組み立てることを快く受け止めてくれました。実際、楽しんで技術を学び、作っています。このようにして余分な人件費をかけずに椅子を作ることができています。
このビジネスモデルは全国的に応用できる気がしています。多くの工場にはスキマ時間があるでしょうし、手仕事を学んで組み立ててもよいと言ってくれる職人さんも見つけられるのではないでしょうか。そうすれば、製作のコストを下げられます。経世済民の考え方で言えば、「民を救う」ために時間や技を使えます。そうしてできた椅子が子どもたちのところに届く。
こういうことを、ほかの企業にも呼びかけてできないだろうかと今、考えています。